日本電気株式会社 事業イノベーション戦略本部 主任 富木毅氏 博士(理学)/都内特許事務所勤務 弁理士 虎山一郎氏 博士(理学)/筑波大学URA研究支援室 リサーチ・アドミニストレーター 新道真代氏 博士(理学)

アカデミアで研究を続けるより、研究成果を社会に生かす仕事がしたくなった

Q:お三方は大学院博士課程の同期だそうですね。

虎山:そうです。総合研究大学院大学の遺伝学専攻で、大学院は静岡県三島市の国立遺伝学研究所の中に設置されています。遺伝学のなかでも、富木はコンピューターを扱い、私は神経回路、新道は発生生物学と研究テーマは3人とも違います。ただ同期が8人しかいないので、集まって話したり、セミナーで会ったり、お互いの研究発表を聞いたりしていますので、必然的に仲が良くなりました。


Q:なぜ遺伝学を志したのでしょうか。またそれから就職するまでの経緯を教えてください。

富木:私が研究の道を志した理由には、人間を知りたい、自分を知りたいという思いが強くありました。なぜ人はこういう行動をするのか、なぜ自分がこういう考え方になるのか、それを遺伝子レベルから見てみたかったのです。

遺伝子の情報を色々な生物種間で比較解析していくことにより、どのように現在のヒトの脳に進化したのかという研究をしていました。そして、博士課程修了後、私は民間企業に就職する道を選びました。


日本電気株式会社 事業イノベーション戦略本部 主任 富木毅氏 博士(理学)

Q:それはなぜですか。

富木:研究を通して自分が知りたいと思っていたことが大雑把に分かった気がして、ある程度満足したこと、そして、想像していたアカデミアでの研究の世界と現実が違っていて、この世界は自分には向いていないと思ったことが民間企業への就職を選んだ理由です。また、研究成果から事業を創り出していくということに興味を持ったことも理由の一つです。


Q:では普通に新卒採用に応募したのですか。

富木:10社ほど応募して、その中で自分の興味がある研究を行っていて、自身のスキルが活かせ、そして社風が自分に合っていると感じたNECソフト(現在はNECソリューションイノベータ)に採用して頂きました。新卒採用で応募する人のほとんどは学部卒か修士卒の方々ですので、どこの会社の面接を受けても「博士課程卒の人がなぜ当社に応募されたのですか」という感じで、首をかしげる面接官の方々が多かったです。募集要項に学部卒以上で新卒って書いてあるから問題は無いのですが・・・。

面接のときの説明は楽でしたね。応募先の企業の研究開発部門でやっている研究はホームページを見て、ある程度理解していましたので、「私はこれまでこういう専門分野の研究をやってきて、御社はこういう研究をされているので、そこにこのように貢献できます。ぜひ、やらせて頂きたいです。」と、志望理由をシンプルに説明できましたので、相手の方も納得しやすかったのではないかと思います。


Q:入社後に行った仕事は、どのような仕事でしょうか。

富木:当時は、会社で遺伝情報解析技術を活用した事業を立ち上げようとしており、それに関連した研究開発や事業化を担当しました。その後、バイオ以外の領域も含めた様々な研究開発成果の事業化を担当してきました。

会社に縛られずに自由に働きたい。そして弁理士の道を志した

Q:虎山さんはなぜ遺伝子工学の博士課程から弁理士に進まれたのですか。

虎山:学生時代はずっと研究者になりたいと思っていたので、博士課程に進み、ポスドクでも2年在籍しました。ただ富木と近い理由ですが、やっている研究がある程度まとまったのが一つ、あとは、やはりアカデミアの世界に嫌気がさしたというか。例えば自分が教授になったところで、本当に幸せなのかと・・・。収入を多く貰えるのかというとそれほどではないし、そもそも教授になれる可能性は非常に低いし、色々考えるうちに馬鹿らしくなったと言ったら言葉が悪いですが、この道は違うと思い転職を決意しました。

但し、その時点で2年間ポスドクをしていたので、富木と違って新卒採用には応募できない。そこで、特許関係に興味があったので弁理士を考えました。普通に民間企業に就職活動をしたら、やはり相当苦労したと思います。

一方では、あまり会社に縛られずに、ある程度自由に働きたいという思いもありました。そこで、理系で独立して仕事が出来るための資格は弁理士ぐらいしか思いつきませんでした。


都内特許事務所勤務 弁理士 虎山一郎氏 博士(理学)

Q:弁理士資格はいつ取られたのですか。相当難しいと聞きますが。

虎山:まず東京の弁理士事務所に入れてもらい、仕事をしながら勉強して2年後に合格しました。少なくとも1年、長い人で数年試験勉強に集中する必要はありますが、弁理士の国家試験は色々条件が緩和されて、昔ほど難しくはないと思います。


Q:弁理士事務所への就職は難しくなかったのですか。

虎山:弁理士事務所はほとんどがいわゆる中小企業で、多くの事務所が存在します。採用に関して国内の大手企業ほど間口は狭くなく、条件さえ合えばとりあえず採用し、やらせてみて判断しよう、みたいな考えの事務所もあると思います。私はまさにそういう感じで採用されて、実際に働いてみてこの仕事は自分に向いていると思ったので、早めに資格を取ろうと勉強したという流れです。試験勉強にお金も時間もかかるので諦めてしまう人もなかにはいますが、ポスドクからの就職の道としてはチャンスがあると思います。

女性研究者として生きていくより、事業を応援したいとコンサルへ

Q:新道さんはいかがでしたか。

新道:修士の時に博士課程に進むか就職活動をするか悩みました。でも、“足の裏の米粒”というか、ここまで来たからには博士を取りたいと思い、博士課程に進みました。

無事、博士課程を卒業し、ポスドクとして研究者のキャリアを歩みだした時、一つ転機がありました。女性のポスドクのキャリアパスについてのセミナーに参加したのです。「私、こんなにハードな人生を送ろうとしていたのか」と、驚きました。


Q:どんな内容のセミナーだったのですか。

新道:女性研究者のワーク・ライフ・バランスについてです。どうやって子育てと研究を両立させるかとか、産休育休のブランクをどうやって取り戻すか、などについて先輩の女性研究者が体験談を話してくれました。なかには「ラボで子供を育てました」という方もいて、「ええー!それは難しいかも」と思ってしまったんですね。遺伝学分野はすごく優秀な研究者の方が多いので、子育てしながら、自分が研究者として勝ち抜いていくイメージがまったく湧きませんでした。


Q:それでアカデミアを諦めて就職活動を。

新道:完璧に切り替わったわけではありません。ただ私の職場には出産後に職場復帰し、技官さんやテクニカルスタッフとして研究に携わっている女性がたくさんいたので、ツテを頼ればもしかしたらアカデミアに戻ってくる事は出来るかもしれない。でもポスドクをこのまま続ければ、もうおそらく出られなくなる。だったら、今は外に出るべきだと、ある意味打算的に判断しました。

Q:どのように就職活動をされましたか。

新道:人材紹介会社に相談に行き、投資会社やコンサルティング会社の就職を探しました。ちょうど産学連携が言われ始めていた頃だったので、大学発ベンチャーの手伝いをしたい、と思い、ベンチャーキャピタル業務とコンサルティングを行っている会社に就職しました。その後は、会社を作りました。


筑波大学URA研究支援室 リサーチ・アドミニストレーター 新道真代氏 博士(理学)

Q:どのような会社を作ったのですか。

新道:研究者の方の困り事を解決する会社です。ホームページ制作を受託したり、日本で売っていない海外の商品の購入を代行したり、研究者の要望に応じて色々していました。そうした事業を5年ほどしました。現在は筑波大学でURA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター)と呼ばれる研究支援職をしています。


Q:筑波大への就職はスムーズでしたか。

新道:スムーズというのか分かりませんが、たまたまURAの公募を知ったので、面白そうだな、と思い応募して採用されました。

博士課程の土台の上に、さまざまな仕事が成果を結ぶ

Q:現在の具体的な仕事内容について教えてください。

富木:現在は、アプタマーという人工的に合成した核酸分子を使った検査薬を開発するグループに所属し、事業化を担当しています。食品衛生検査やヘルスケア領域の検査などへの応用を考えています。


Q:研究者とは少し違うようですが、専門性は発揮できていますか。

富木:博士課程のときに研究していた専門分野とはやや外れますが、一般的なバイオ研究についての知識はありますので、話を聞けばそれがどのような技術で、事業化に向かって今どのような段階にあるのかということはおおよそ分かります。そうしたバイオの知見以外に、知財や契約関係のこと、市場調査の進め方、コンサルタントをどう使うかといったことなどの知識やノウハウも必要となってきますし、関係者間の連携をどう取っていくかということも非常に大切です。特に研究開発をやっている人たちとビジネスを考える人たちでは、言葉や感覚が通じない場合がありますので、間に入ってコミュニケーションを取ることが重要になってきます。

こうしたバイオ以外の領域の知見やノウハウは、会社に入ってから学ばなければならず、会社の上司や先輩から学んだり、社外のセミナーを受けたりするなどして勉強しています。プロジェクトを進めて出てくる課題は教科書には載っていませんので、とにかく実際に経験しながら身体で覚えていくことが大切だと思っています。

とはいえ、考え方のベースとなる部分は博士課程での研究経験が活きていると感じます。特に、博士課程で訓練を受ける、論理的に考える思考や仮説検証の進め方は、仕事で大いに役立っています。例えば、市場調査の結果からこんなニーズがあるのではないかという仮説を立て、顧客候補の方々にヒアリングをする。すると、大抵は仮説に間違っている部分がある。そこでフィードバックされた結果から、修正した仮説を立てて市場調査をさらに進めていく。そういったことを地道に繰り返し、できるだけ早く正しい方向を見つけて進んでいくことが重要で、これは研究の進め方と同じだと思います。


Q:ある実験結果から仮説を立て、検証実験を行ない、その結果が想定外であればまた新たな仮説を立てる、といった仮説検証のサイクルとよく似ているわけですか。

富木:その通りです。その他に重要なスキルとしては、相手に応じてわかりやすく説明する力ですね。技術を詳しく知らない経営層の方々やビジネスを考える人たちに対して、この技術がいかに優れていて事業として有望かを説明する必要がありますが、ここでも博士課程で培ったプレゼンを行うスキルが役立ちます。


Q:虎山さんの仕事はどのようなものですか。

虎山:企業が発明を特許申請するにあたり、書類作成をお手伝いする仕事です。当所の顧客は大部分が欧米の企業、そして日本企業です。海外のお客様に関してはコミュニケーションの大部分は英語、一部はそれ以外の外国語で行ないます。大抵はメールでのやりとりですが、直接お客様と打ち合わせを行う事もあります。

私の業務で必要なスキルは、バイオや化学に関する知識、語学力、特許法に関する知識、この3つです。今の私の課題は語学力ですね。英語はある程度出来ますがペラペラとまではいかないですし、やはり第二外国語となるとコミュニケーションに苦労することもあります。

Q:今、弁理士の業務としては遺伝学の分野が多いですか。

虎山:生物と化学の分野を中心に、少し広い範囲で担当しています。弁理士は自分が研究するわけではなく、他の研究者の発明を特許にするのをお手伝いする仕事ですから、専門分野のみというわけにはいきません。


Q:博士課程での経験は今の仕事に生きていますか。

虎山:研究内容そのものより、おそらく博士過程を経ていなかったら、今の速度では仕事を覚えられなかったと思います。自分の博士過程の専門はすごく狭かったのですが、研究を進めていくうえで、バックグラウンドという意味では当然広く勉強しますよね。ですから基礎知識という意味でも、勉強の仕方という意味でも、土台は出来ていると思います。他の方の研究をその土台の上で考えることが出来る。多少専門分野から外れた分野でも、応用が利くと思います。その意味ではかなり生かせていると思います。


Q:新道さんの仕事はどのようなものですか。

新道:一言でいうのがなかなか難しいのですが、教員が研究費に応募する際の申請支援をしたり、イベントの運営をしたり、研究成果をわかりやすく伝えるための冊子を作ったり、と、様々なことをしています。

URAという職種のそもそもの発端が、研究者が研究に使える時間が少なくなって研究の生産性が下がっているので、その効率を上げるために研究以外の雑務をする人を大学に置きましょうというものでしたので、ひとくくりにURAと言っても業務内容は様々です。研究費の助成制度の情報収集をしたり、申請書類の査読をしたり、プレスリリースを書いたり、学内でさまざまな調整をしたり、学内グラントを作って運営したり、世界大学ランキングを上げるための施策を考えたり、というのもURAの仕事になります。国の支援もあって、近年、URAとして働く人が非常に増えています。


Q:なぜ先生の研究時間が減っているのですか。

新道:理由はいろいろあるのでしょうが、私は大学が求められる役割の範囲が大きくなっているからだと考えています。例えば、以前の大学は学部生をきちんと教育すればよく、そのなかにアカデミアを目指す人が数人いて、彼らを研究助手から丁寧に育てていけば、研究室を運営していくことが出来るという流れがあったと思います。博士号取得もこのフローのなかの一つのイベントだったのではないでしょうか。

しかし、昨今は大学院生にも授業をする必要がありますし、それ以外にも、「特許を取りなさい」、「社会貢献をしなさい」、「ベンチャーを作りなさい」と色々なことを求められます。いずれも出発点は研究ですが、研究を真剣にやればやるほど研究以外の仕事がどんどん増えていきます。実際、有名な研究者ほどセミナーに呼ばれたり、多くの委員会のメンバーとして駆り出されている、というのが現状です。

また、研究予算を取るための申請もかなり競争が激しくなりました。大学法人化前は国から大学にドンと予算が落ちましたが、今は自分で研究予算を取らなくてはならない。研究を続けるためには申請書を書き続けないといけません。

博士には、発明を成立させるための論理構成が備わっている

Q:やはり博士課程で作られる土台は、どんな仕事にも生きるのでしょうか。

虎山:私の仕事に必要なのは、根本的な技術の中身がわかっていること。そこに法律を当てはめて、クライアントは何を言いたいのか、特許庁は何を言いたいのか、それらを調整して特許にする。そこは論文を読んだり、書いたりする過程とさほど変わらないんですね。

ただ、世間からは博士の専門ってすごく狭いように見られることもあります。私はそこだけを見るのは間違いだと思う。なぜなら私たちは専門を生かすための土台を作っているわけです。それはたぶん企業に行っても、おそらく弁護士等、他の士業であっても役に立つ土台だと思います。科学的知識はともかくとして、ひとつの新しいことを論文にして世の中に出す作業というのは、ただ専門知識があれば出来るのではなく、論文を成立させるための論理構成が絶対その中に必要ですね。それを出来る土台があるかないかは違いがとても大きい。そこは特許申請のための明細書作成に非常に役に立つと思います。

富木:同感です。自分自身が大学院生の頃は土台を作るということを意識していませんでしたが、社会に出てみて、博士課程出身者はその部分の能力が長けているのではないかと思います。

新道:あと、博士課程に行った人は途中で投げ出さずに最後まで考えることができますね。「博士はコミュニケーション能力が足りない」なんて言われますが、それは、投げ出さずに黙々と頑張っている時に「頑張っています」と上の人に伝えないからではないでしょうか。研究室ではそれでも良いのですが、企業では「あいつ何やっているのだろう」ということになるのだと思います。ずっと静かにしていて、いきなり「出来た」って。私もそういう傾向があるのですが、それは社会に入れば自然と変わっていくと思います。

今の職場は4分の3以上が博士です。そこでは「後でディスカッションしますのでこの資料を読んでおいて下さい」と資料を渡せば、みんなきちんと読みこんできて、自分なりの解釈を持って会議に参加します。だから、最初から非常に論理的に議論が進む。すごく楽だな、と感じています。

Q:ご自身では博士を持っていることの価値を感じますか?

富木:やはり考え方の基礎となる土台が身についたことです。あとはせいぜい名刺に博士って書いてあると話のネタになるとか、「ハカセ」ってあだ名で呼ばれたりとか・・・。

虎山:ありますね。「この人は勉強が好き」とか、「博士だからなんでも聞いて」みたいな紹介をされたり(笑)。


Q:虎山さんは弁理士として顧客に応対する時、違いを感じますか。

虎山:外国では博士号を持たれている弁理士が多いです。特にヨーロッパ、当社の顧客が多いドイツでは、弁理士はほとんど博士ですね。アメリカはそう多くないですがそれでも2~3割は博士号を持っています。海外では弁理士のような高度な専門職には博士号が必要だという認識がありますね。ですから海外では私の博士の肩書に対して敬意を持って頂けることはあると思います。


Q:日本の弁理士で博士の方はいますか。

虎山:1割もいないと思います。いたとしても、会社に入ってから論文博士を取られたケースも多いかと思います。純粋な基礎研究で博士号を取った方は凄く少ないと思います。

企業の内情を知っていて、コミュニケーションも取り易いという理由もありますし、アカデミアから多数の仕事が来るわけでもありませんので、日本の特許事務所では博士人材よりも企業に在籍した人材を欲しいと思いますし、それはある意味当然だと思います。


Q:新道さんは博士の価値について、いかがでしょう。

新道:今の職場は博士だらけですので、博士だからこその価値を感じることは少ないのですが、その前は感じましたね。なんでしょう、一緒にこの問題を最後まで解決しようと同じスピードで走ってくれる感じというか。顧客や一緒に仕事をする人が博士号を持っている方だったりすると、安心しました。

大切なのは、自分の能力に自信を持つこと。そして、人と会うこと。

日本電気株式会社 事業イノベーション戦略本部 主任 富木毅氏 博士(理学)/都内特許事務所勤務 弁理士 虎山一郎氏 博士(理学)/筑波大学URA研究支援室 リサーチ・アドミニストレーター 新道真代氏 博士(理学)

Q:民間就職を考えている研究者の方々にメッセージをください。

富木:博士課程にいる方には、自分は何に興味があるのか、何にワクワクするのか、子供の頃は何に夢中になっていたかなど、もう一度突き詰めて考えて欲しいと思います。中には研究内容よりも、研究者になった自分に憧れて博士過程に行った人もいるかもしれません。研究内容に興味を持てないと、やっていても心から楽しめないですし、成果も上がりにくいと思いますので、一度真っ白な気持ちになって、自分が何をおもしろいと感じるのかを改めて見つめ直してみると良いと思います。

そうすることで自分の興味が明確になり、その興味に近いことをやっている民間企業があるならば、近づいてみて自分の心がどう反応するのかを試してみるといいと思います。例えば、その企業の人と会って話をしてみるとか、会社の説明会に行って話を聞いてみるとか。そこで思っていたことと違うなと違和感がある場合もあれば、思っていた通りワクワクすると感じる場合もあるかと思います。それを繰り返すことで、より自分の興味が何なのか、絞られてくるのではないでしょうか。

ただし、たとえワクワクして、その企業で仕事をしたいと思ったとしても、企業側が求めているものを自分が持っていないとなかなか採用されにくいわけです。特に博士課程の方を採用する際、学部生や修士の大学院生と比較して、その人が持っている専門性と企業側がやろうとしていることのマッチングをよりシビアに見ると思いますので、大学の中にこもっているのではなく、自ら気になる企業にいろいろ行ってみてマッチングの機会を多く持つと共に、自分がどこにマッチするのかを絞り込んでいくことが重要なのではないかと思います。

就職活動も研究活動と似ているように思います。一発では当たらなくても、仮説検証を何度も繰り返ことによって、求めているものに出会う回数と確率を高めていく。そうすることで、自分のやりたいことが出来る場に近づいていくのではないでしょうか。

虎山:社会に出るなら視点を変えることは必要ですよね。大学院で研究をする理由って、究極的には自分の興味を満たすためだと思うんです。しかし、社会に出たら、会社やクライアントが何かを実現するために自分が仕事をすることになる。そこには自分の興味や専門性へのこだわりとは違う感覚が必要です。こだわりは捨てたとしても、その代わりに社会に貢献する喜びだったり、自分の能力が会社にどう役に立ってその対価をもらうことの満足感だったり、新しい感覚が手に入ります。

それなりにトレーニングされて博士号を取得した人の能力は総じて高いと思います。しかし、アカデミアにいる博士の人はそのことを自分で認知していない。それは違う業界に行っても通用する貴重な能力だと思います。

能力が高い人が能力を発揮して活躍すれば相応の収入になります。ポスドクで年収数百万円の収入で頑張っているというのは、僕は凄く不当だと思っています。 私は出来るだけ短い時間で質の高い仕事をして、お客様と現在所属している事務所に貢献して、その対価としてたくさんお金を稼いで、家族を大事にして、プライベートも充実させたいという価値観に変わりました。そしてその通りに出来ていると思います。

新道:アカデミアでどうしてもやりたいことがあるなら、アカデミアで頑張って下さい。少しでも興味が外に向いているのなら、色々な人に会うといいと思います。就職説明会に参加するだけではなく、異業種交流会に行くとか、久しぶりの同級生に会うとか。普段会わない人に会って就職相談などをしてみると、何か違う道が見えてくることがあると思います。人材紹介会社もとてもいいと思います。「博士ですか・・・、あんまりないですよねぇ」とか言いつつも必ず企業を紹介してくれますから。それまで書類で落とされていたものが、会社の採用担当者に会って話を聞くことが出来る。その分だけチャンスは大きくなるし、自分の価値観も見直していけます。

面白い発見もあります。説明会でたまたま聞いたのですが、大学で化学を学んだ私は自衛隊に入ると幹部候補生扱いになるらしいですよ。そういう自分の気づかない価値がいっぱいあるんだと思います。書類審査で落とされ続けたりすると「自分って価値がないんじゃないか」としょんぼりしてしまいますが、自分を元気づけてくれるような場所に行って話を聞けば刺激も受けるし、新しい考えも出来るようになる。その上で、面白いと思えばそのチャンスに飛び移ればいいんじゃないかな、と思います。現在URAの雇用が増えている時期なので、興味があれば大学内で働くという道もありますよ。

取材2014年7月