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民間企業インタビューInterview

異なるバックグラウンドを持つ人材に期待

バックグラウンドが違っても活躍できる
研究開発型ベンチャーの人材ニーズとは。

株式会社Lily MedTech

代表取締役社長
東 志保 氏

Lily MedTech社は、2016年創業の乳がん用画像診断装置の開発を行う、医療機器ベンチャー。同社が開発した画期的な診断装置は、市場へのリリースを目前に控えています。
代表取締役社長の東志保氏は、人材確保にあたり「バックグラウンドの異なる研究者による新たな知見に期待している」と、研究分野のマッチングだけではなく、実績や経験、順応力を重視していると語ります。ベンチャー企業の持つ魅力と、求められる人材の特性について、話をお聞きしました。

乳がん検診の常識を変え得る技術

— まずは、会社についてご紹介ください。
東:当社は、乳がん用画像診断装置の開発を行う、東京大学発の医療機器ベンチャー企業です。乳がんは早期発見できれば、ほぼ確実に助かる病気です。ところが、現在の日本における乳がん検診の受診率は40%台。欧米に比べてかなり低いのが現状です。また、診断装置として現在普及しているX線マンモグラフィや超音波エコーでは、前者では検査時の痛みや被曝のリスク、また、若い日本人女性に多い高濃度乳房というタイプでは兆候を見つけにくい、後者では検査者の技術に左右されやすいといった問題があります。当社が開発している「リングエコー」は、そういった従来の乳がん検診が抱える問題を克服できる可能性を秘めた、安全性と精度の高い乳がん用診断装置です。現在、初期製品に関する研究フェーズは終了し、国内でのリリースに向けて準備を進めている段階です。他にも新規性の高い撮像機能やAIを用いた自動診断支援機能の研究開発を行っています。

— 貴社のコア技術は東京大学で研究されていたと伺いました。東さんはどの時期から携わっているのですか︖
東:実は、私の夫である東隆が、医療超音波の専門家として東京大学でこのシーズを研究していました。その研究プロジェクトに協力したことが、きっかけです。当時、私、は航空宇宙分野で電磁波の研究やNMR(核磁気共鳴)装置の開発などをしていましたが、過去に医療超音波の研究にも関わっていた経験があったこと、複数の臨床医から乳がん検診の課題について直接聞く機会があり、切実なニーズを感じられたこと、画期的なアルゴリズムを使っているにも関わらず、実用化への道筋が見えていることなどを理由に、参画を決めました。その研究プロジェクトからスピンオフしたのがこの会社になります。

本質的な課題を解決する熱意を持って事業に挑む

— 研究者から経営者に転身されたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか︖
東:最初は、外部から経営者を招聘する予定だったのですが、条件が合わなかったんです。なにより、創業メンバーには今の乳がん検診の本質的な課題を解決するという大きなモチベーションがあったので、その意義を理解している人間が熱意を持って取り組まなければ、中途半端なところで終わってしまうのではないか、ということで、私が就任することになった次第です。実は私は、高校生の頃に母をがんで亡くしています。このプロジェクトに参加した背景には、当時のとても辛かった記憶を思い起こし、私と同じような経験をする人をひとりでも多く減らしたいという思いがありました。

—創業から3年足らずで実用化フェーズに入るというのは、かなりのスピード感ですね。
東:ベンチャー企業は起業してからが忙しいと聞いていたのですが、ここまでとは(笑)。助成を受ける際もかなりバタバタで、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発型ベンチャー支援事業に採択されてから、急いで会社の登記をしたという状況でした。最近は人数も増えてきて、少し余裕が出てきたところです。

研究者には、アカデミアだけでなく、
メーカーもキャリアパスの選択肢に含めてほしい

— 求人はどのように進めていますか︖
東:当社では開発部隊をハードウェア、ソフトウェア、薬事臨床、そしてR&D(研究開発)の4つのチームに分けています。コア技術がR&Dに集中しているので、人員計画ではそこに重点を置いているのですが、逆に言うと、新規性の高い分野であるがゆえに、適性のある人材がなかなか見つからないのが悩みどころです。例えば医療機器メーカーで超音波診断装置の画像再構成手法を開発した経験があっても、当社の場合、同じ超音波と言っても構造が全く異なり、撮像原理も大きく異なるので、他社での経験が役に立ちにくいのが実情です。それに、今いるメンバーは元々の研究プロジェクトの関係者・知り合いが多く、工学系、特に機械系の分野を研究していた者がほとんどで、角度の異なる知見が得られにくいというジレンマがあります。ですから今は、バックグラウンドが異なる研究者も含めて幅広く人材を受け入れるようにしています。

— バックグラウンドが異なるというと︖
東:例えば、信号処理、天文学、地震学といった分野の研究者ですね。超音波診断と関係なさそうに思われるかもしれませんが、「波の解析」という点で共通しているのです。例えば天文学では、何万から何億光年も遠くからの電波を受信して計測しようとするので、計測技術や信号処理技術が非常に高いです。また地震も取り扱うのは同じ「波」です。私たちのコア技術も「波」の解析なので、実は親和性がとても高い。更に限られた計測から内部構造を推定する問題という意味でも似たアプローチを取ることが多いのです。でも、そういう研究をしている方々は、民間企業を就職先の選択肢に入れていない方も多いので、なかなか出会えないのです。

—その窓口としてJREC-IN Portalを利用されているということですね。
東:そうですね、そういったバックグラウンドを持つ人たちはどんな求人メディアを見ているのかを検討して、JREC-IN Portalを利用させてもらっています。ただ、ポスドクや研究職を探しにきている方が多いようで、メーカーを就職先の選択肢として考えてもらえていないのが現状かもしれません。その点は、こちらからもっとアピールしていかないといけないですね。ベンチャー企業、特に研究開発系ベンチャー企業では、博士課程やポスドクの方、研究を志す方を必要としているところも多いはずなので、研究者の皆さんにはぜひ選択肢に入れてもらいたいと思います。

多様性を受容することが新しい技術創造に繋がる

— これまでに、他分野のバックグラウンドを持つ方が活躍された事例はあるのでしょうか︖
東:はい。AIで画像セグメンテーションしてアニメーションの自動カラーリングを行うといった研究をしていた社員がいます。最初は当社で必要とされる技術を持っているとは思わなくて、まだ若いから勉強してもらって、後々戦力になってもらえたら、くらいに考えていたのですが、実は最近、読影精度の向上に、彼が研究していた技術・アプローチが有効なのではないかということがわかってきたんです。そういった意外な親和性が生まれることもあるので、やはり社内に多様性は必要ですね。

— 多様なほどミスマッチが起こりやすいのではないかという懸念もあるのではないですか︖
東:吸収力があって考える能力が高く、好奇心さえあれば、向上してもらえる余地はあるのではないかと思っています。私も超音波の研究は専門外だったわけですしね。ただ、チーム力を高めることを考えると、なにかしら私たちの持っていない知識を備えている方が望ましいですよね。その領域での実績や経験が豊富で、専門性を携えた方だったり、若くても理解力と順応力が高い方だったり。面接で重視するのも、そういった部分だと思います。よくリーダーシップが必要と言われますが、リーダーシップは必ずしも全員が持っている必要はなくて、研究者としてディスカッションができる方であれば、活躍できる可能性はあると思います。

つくり上げたものがダイレクトに社会の役に立つのが魅力

—ベンチャー企業で働く魅力についてお聞かせください。
東:研究開発型ベンチャー企業は、自分たちが持っているコア技術が実用化されて利益につながり、社会に役立てられるという点が大きな魅力だと思います。大手の企業だと、何年も先輩の元で経験を積んで、30代後半からチームが持てて、ようやく好きなことに取り組める、といったキャリアを歩むのが一般的だと思います。また、大勢いる社員のなかで、一人ひとりのバックグラウンドに合わせたポジションが用意されるかというと、そうではないですよね。反面、当社のような規模のベンチャー企業だと、一人ひとりの貢献度が相対的に高くなりますし、年次とは関係なく自分の能力を活かすことができます。自分が持っている能力や知識、つくり上げたものがダイレクトに社会に実装されるので、責任は重大ですが、やりがいはあると思います。
また、画像診断装置は、分野としては成熟市場で、研究者がアイデアを思いついても、既に先行他社によって実用化されていることも多く、研究者が腕を奮う幅が狭いのが実情です。一方で、当社が開発する超音波CTは、新しい技術開発、いわばゼロからイチをつくる挑戦なので、新しいアイデアを即特許化でき、論文にできる幅も広い。未知への挑戦が必要な分野であり、挑戦者の精神を持った研究者には、非常にやりがいがあります。開発しやすいものが社会にとって本当に必要なものであるとは限らないため、長い開発期間を通じて信念を持ち続け、突き進む精神力が求められますが、上市後に自ら開発したものが評価される達成感は、この長い道のりを経験した方にしか味わえないものです。

—大企業と比べてベンチャー企業は安定感がない、という意見に対してはいかがですか︖
東:私としては、不安定であることをメリットと捉えてほしいですね。安定を求めるということは、5年先、10年先の計画をしっかりと立ててから動くことになりますよね。なにか問題が発生したときに、その計画を変更するだけでもものすごく労力が必要になる。一方、ベンチャー企業は、安定を求めていないからこそ柔軟性とスピード感が出せるわけです。やりたいことのために、今すぐ挑戦することができる。それがベンチャー企業の大きな特長なのではないでしょうか。

ベンチャー企業に
一番必要なのは、
挑戦と成長への意欲

— 将来に向けて、どのようなビジョンを描いていますか︖
東:現在、国内でのリリースは決まっているのですが、その先はまだ未確定なので、海外での展開を見据えて動いていきたいですね。私たちの装置を使ってがんの早期発見が可能になった暁には、がん自体の治療についても取り組んでいきたいと考えています。また、他の部位にも応用が可能なので、そちらにも展開していきたいですし、読影の精度向上に役立つ技術も追求していきたいです。画像診断装置をベースに、さまざまなビジネスモデルを展開していきたいと考えています。

— 従業員の皆さんに望むことはありますか︖
東:私自身は新しいことに挑戦したい気持ちが強いので、一緒に挑戦してほしいと思っています。常に新しい技術を求めていきたいですし、一人ひとりが自分たちにない知見を吸収して成長し続けてほしいですね。ベンチャー企業に一番必要なのは、挑戦と成長への意欲ですから。

— ありがとうございました!