科学論文とクリティカル・シンキング

1-1クリティカル・シンキングとは何か

本コースは、「クリティカル・シンキングで始める論文読解」です。あなたが論文を読む際には、論文の中に含まれる著者の主張を正しく理解するだけでなく、その主張が導出されるプロセスを吟味しつつ読み進めることが必要です。本コースでは、クリティカル・シンキングに沿って、科学論文を論理的に読み解く方法を学びます。

クリティカル・シンキングは「批判的思考」と訳されることがあります。日本語の「批判的」という言葉は、他人の主張の不備や欠点を探して非難するといったネガティブな意味で使われることもありますが、英語の「critical」の本来の意味は、もっと肯定的で建設的な意味合いを含んでいます。本コースでは、「critical」を「何らかの基準に照らして注意深く、疑ってみること」の意味で用いることとして、クリティカル・シンキングを「他人の主張を鵜呑みにすることなく、吟味し評価する方法論」と定義します。

クリティカル・シンキングについては、以前からさまざまな定義やそれを実践するための手法が提案されています。例えば、クリティカル・シンキングの測定尺度を開発したエドワード・グレイザーは、クリティカル・シンキングに必要な要素として次の3つを紹介し、その中でも 1. の「吟味して評価する態度」が最も重要だと説明しています。吟味して評価するためには、何となく正しそうだと思うだけでは不十分で、自分の中に何らかの基準が無ければクリティカルに評価したことにはなりません。そのためには、論理的な探求推論の方法を知識として理解し、適切に使いこなすスキルを身につけている必要があります。研究活動を進める上でも、先人の研究成果である論文に書かれた主張をそのまま受け入れるのではなく、主張が実験や観察で得られたデータから論理的に正しく導かれているか、自分の判断で定めた何らかの基準に照らして検証して評価し、その上に自分の研究を積み上げるという態度が大切です。

グレイザーのクリティカル・シンキングのために重要な3つの要素

  1. 自分の経験に照らして問題や主題を偏ることなく吟味して評価する態度
    An attitude of being disposed to consider in a thoughtful way the problems and subjects that come within the range of one's experiences.
  2. 論理的な探求や推論の方法に関する知識
    Knowledge of the methods of logical inquiry and reasoning.
  3. それらを適用するいくつかのスキル
    Some skill in applying those methods.
(Edward M.Glaser, An Experiment in the Development of Critical Thinking,1941)

本コースでは、科学論文をクリティカルに読むための基本となる態度、論理的な探求や推論が行われているかを見極めるための知識について学び、例文を読んでその知識を適用するスキルを練習していきます。本コースを通して、あなたの研究活動をこれまでより価値の高いものとするための方法を身につけましょう。